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望月聖也インタビュー:ニュルブルクリンクを振り返って

望月聖也インタビュー:ニュルブルクリンクを振り返って

【ニュルブルクリンク24時間耐久レース2025】に、日本全国から選ばれし8名のうちのひとりとして参加した、静岡スバルの望月聖也に、ドイツ滞在とレースを振り返って話を聞きました。
思いもかけないトラブル
に見舞われ、ある意味歴史に残るレースを体験した望月が、その過酷さと思い出をリアルな言葉で語ってくれました。
手に汗握るシリアスなレースの場面と、そのキャラゆえに飛びだす珍事(?)をお楽しみください!

=まず、帰国はいつだったのですか? 
帰国したのは6月25日です。成田には夕方5時ごろ着いて、その日は成田周辺のホテルで1泊しました。翌日に一旦自宅へ戻って、その後本社へ挨拶に行きました。成田で1泊した数人の仲間と「お疲れさん会をしよう!」という話になり、寿司を食べに行くことになったのです。ドイツで10日間、肉とポテトとソーセージとチーズばかりの生活だったので、「何食べよう?」となった時に、全員が即答で「寿司!」(笑)。やっぱり日本人ですね。

=そこでトラブルもあったとか? 
実は、財布をなくしました!一旦ホテルでチェックインを済ませて出て、仲間と寿司を食べようとした時に、「あれ?財布がないぞ…」と気づいて大慌て。結局、飛行機の座席ポケットに置き忘れてきてしまっていたんです。慌てて航空会社のカウンターに行ったら、もう清掃スタッフが見つけて届けてくれていて、その場で受け取ることができました。さすが日本ですね!

=その後、無事にお寿司は
はい(笑)。無事財布も戻って、改めてみんなで寿司屋へ。これがもう、最高においしかったです!口に入れた瞬間に「あぁ、日本に帰ってきたんだな」と心底感じましたね。みんなでホッと一息ついた時間でした。

=翌日は、自宅に帰られて、本社へいらっしゃることになっていたんですね
はい。その道中もこれがまた大変で。成田エクスプレスに乗って品川駅で電車を乗り換えるときに、ちょうど隣にいた外国人のスーツケースのワイヤーロックが自分の荷物に絡まってしまい、一緒に降りられなくなったのです。相手も状況がわかっていないし、自分も焦ってしまって。ちょうど駅員さんがいたので助けを求めて、ワイヤーを探して外してもらいましたが、その時にはすでに品川は過ぎていました…。本社で待つ同僚に「成田エクスプレス、下りるの失敗!」とメッセージを送りながら、何とか電車を乗り継いで、終業時刻までには本社へ何とか戻ることができました。ちょうどサービス会議の真っ最中に挨拶する格好になったので、レース参加と同じくらい緊張しました(笑)。

=イツ入りから振り返りましょう。 現地にはいつ到着したのですか? 
自宅を出発したのは6月15日です。成田近くのホテルに前泊して、翌16日の朝10時にフライト。14時間のフライトなのに現地に着くと7時間戻っているというのが、変な感じでしたね。しかも、ドイツは夜10時ごろまで明るいので、さらに混乱しました。なじむのにしばらく時間がかかりましたね。STI側のスタッフもほとんど同じ便でしたが、ドライバーだけは後日合流でした。

=ドイツに着いてから、レース本番までどんな準備を? 
17日にはさっそくマシンの整備です。レース会場の近くに借りたガレージに既に車が入っていて、5月に一度走った後のメンテナンスの続きをやりました。エンジンとミッションは先行して載せ替えてあったので、自分たちはブレーキ交換や締め付けの再チェックなどを行いました。
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◎会場近くのガレージにて


18日は機材の積み込み。トラックに必要なパーツや道具を積んで翌19日にサーキットのピットへ搬入しました。
日本のレースと違って、ニュルは1つのピットを複数チームでシェアします。ですので、ピット内のどこを取るかがレースに大きく影響してくるわけです。この場所取りもディーラーメカニックの重要な仕事の一つで、STIの方からは右前を取ってと指示されていたのですが、いざシャッターが開く時間に合わせていってみたら、既にそこにはフォルクスワーゲン・ビートルのチームが機材を持ち込んで陣取っていたのです!反対側から時間前に入ったらしくて…正直に時間までシャッターの前で待った自分たちは、やはり日本人なんだなと。奥ゆかしさなんて、もう、まったく必要ない世界です。あらためて気づかされましたね。
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◎ピット内の様子

=ピットの作業はどんな様子でしたか? 
18、19日と予選がありました。自分たちのクラス(SP4T)は4人のドライバー全員が規定周回をこなさなければならず、その確認走行がメインでした。1日目は無事終わったのですが、2日目にちょっとエンジントラブルが発生して、急遽対策が必要になりました。翌日の午前中にはダクトを追加して冷却を見直したり、燃料パイプを再調整したりとバタバタでしたね。自分はアライメントを取り直したりブレーキを点検したり。普段働いている工場のように設備が完璧じゃないから結構大変ですよ。でもその分「レースの現場にいる」という実感が強くて、楽しさもありました。

=そして、いざ決勝の日を迎えたわけですね。どんな感じでした? 
スタートは現地時間で20日の土曜日、16時でした。スタート前にはグリッドウォークがあって、観客がピットロードに入ってきて車の周りで写真を撮ったり、サインをもらったり。ものすごい人で、本当にお祭りみたいでした。走り出す車両を見送ったときは「いよいよ始まるな…」という緊張と高揚感が入り混じった、不思議な気持ちでした。
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=レース中はどう過ごしたんですか? 
基本は24時間ずっとピット作業。作業が終わってもモニターを見ながら待機で、気が抜けません。ディーラーメカニックは基本タイヤ担当で4人ずつの2チームで交代で入ります。ピットに入って待機し、交換の作業をしたら、もう片方のチームと交代します。裏方は休める…わけではなく、外したタイヤを洗ってウェイトをチェックし、次のスティントに備える作業があるので、実は裏へ入ったほうが忙しかったです。
途中で停電があって、3~4時間レースが中断したのですが、その間もいつ再開するかわからないから、結局気は休まりませんでした。寝る時間はほぼなしで、仮眠というより「いつの間にか椅子でうたた寝していた」みたいなレベルです。20分くらい意識が飛んで、ハッと起きるとまたすぐに作業…そんな繰り返しでした。ピット内は「寝たら負け」みたいな雰囲気で、うたた寝するとコッソリ写真を撮られる、というルールがいつの間にかできていましたね。自分もしっかり盗撮されました(笑)

=今回のレースは、途中クラッシュという過去にない大きなトラブルがありました。想定外のトラブルでしたが、どんな場面が印象に残っていますか? 
あの接触事故では、チーム全員が一丸となって作業にあたりました。当初僕は右リア、誰々はココ、というふうに担当場所がそれぞれ決まっていたのですが、あの場面では、誰がどこということも無視、できることをできる者が率先してやる!という空気でした。わーっとみんなで車両を囲んでそれぞれ修理にあたったのですが、みんな上から手を伸ばす作業にまずは取り掛かりました。見ていて、これは潜っての作業が必要なのでは?と気づきました。僕自身小柄ということもあったので、自ら判断して、率先して車両の下に潜りました。後から「ぜんぜん中継に映ってなかった!」とみんなに言われたのですが、車体の下に潜っていたからなのです!夢中で作業していて発見したのが、左リアのアッパーアームのポールジョイントが半分抜けかけていた箇所です。これは、僕が見つけて周りに声をかけて修理したのですが、自分の功績とは知られていなくて…これ、ちょっと悔しいところです。気づかずに走り出していたら、確実に危なかったと思います。
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ハンマーでたたいて修理とか、本当にアナログの体力勝負で、よくぞあそこまで戻したと思っています。ああいうときは時間があっという間で…自分としてはせいぜい2時間くらいのロスだと思っていたのですが、後で5時間近くかかっていたと聞いてビックリしました。
あと、印象深かったのは、隣のポルシェチームが油圧の修正機を貸してくれたことです。修理が終わって走り出したときは、ピット内がどのチームも拍手してくれて。敵チームだけど、ああいうときに普通に助けてくれて、称えてくれるのが、とても素敵だなと思いました。
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=作業の合間の楽しみは? 
有名なニュルカレーですね。本当は夜食として用意されているのですが、トラブル対応で夜通し作業になってしまったので、結局食べられたのは朝に。なので今回は「朝カレー」になりました。でもこれがめちゃくちゃ美味しくて。STIの広報担当の方がスパイスにこだわって作ってくださっていて、普通のレトルトとは全然違うんです。ホントおいしかったですね。ちなみに、チーズを型抜きして乗せてくれるのですが、この抜き型はレース会場で売っています。お土産としても人気みたいです。
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=無事完走できた瞬間はどんな気持ちでしたか? 
車両が戻ってきて、大号泣しました。恥ずかしながら…。自然と涙が出ましたね。入社前からニュルに行くのが夢で、何度も挑戦したことを思い出して、さらにこの数年はプライベートでも色々あったりしたので…。そういうのが全部、一気に込み上げてきて涙が出てしまいました。もう一生忘れられない瞬間です。
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=これから後輩や若い人にどんなことを伝えたいですか? 
日本のディーラーメカニックでも、世界に挑戦できる場があるんだよっていうことをぜひ知ってほしいです。車好きな若い子にもっとこういう世界を見てもらいたいし、それがきっかけで「整備士になりたい」「モータースポーツに関わりたい」という人が増えたらいいなと思っています。

=最後に、24時間耐久を終えて率直にどう思いましたか? 
もう一度やるかと言われたら…レースに携わる仕事、活動は引継ぎたいと思いますが、海外の24時間耐久レースに参加するのは今回だけでいいかな、というのが正直なところです(笑)。24時間耐久レースはクルマにとっても過酷ですが、それに関わる人々にとっても過酷だとわかりました。時間と共に蓄積する疲労と低下する集中力、その状態でいつ何がおこってもいいように備え、いざコトが起きたときには的確な判断と正確な作業が求められます。実際レース前からを考えると36時間寝ないことになるのです。それだけ過酷でした。でも、だからこそ、本気で向き合った。それは自信を持って言えます。一生に一度の挑戦として、夢を夢で終わらせなかった。間違いなく最高の思い出になりました!
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カメラを通して中継を見ていた私たちには知り得なかったリアルな体験記、いかがでしたか。
レースを通して一回りも二回りも成長した望月に、私たちも今一度拍手を贈ります!

おまけ:プライベートで観戦にいらしていた辰巳前監督と
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